「こどもめせん」
幼稚園に勤めていた頃、子どもたちにこの文字を見せると、
「こ、ど、も、め、せ、ん」
と、一文字ずつ読んでいました。
私たち大人は「こどもめせん」と、ひと目で読むことができます。
それは、これまで何度も文字を見て、読んで、学習してきたから。
同じものを見ていても、
大人と子どもでは見えている世界が違うんですよね。
身体測定の日は、もう戦場(笑)
幼稚園で働いていた頃、大変だった行事のひとつが身体測定でした。
提携医の先生が来られるので、限られた時間の中で終わらせなければなりません。
服を脱いで、診てもらって、また着る。
でも、
ボタンがなかなか留められない。
シャツがうまく着られない。
時間はどんどん過ぎていきます。
先生が「やってあげるね」と手を出すと、
「自分でやりたかったーーー!」
ぎゃーーー!!
もう、戦場でした(笑)。
でも子どもは、困らせたいわけではありません。
「自分でやりたい」んですよね。
大人も、軍手を2枚はめてみて
大学で児童教育学を学んだ先生から教えていただいた実習があります。
軍手を2枚重ねて、ボタンを留めてみる。
これが、本当になかなかできない。
指先の感覚が鈍くなり、ボタンをつまむことさえ難しくなります。
大人から見たら、
「なんでできないの?」
「早くして!」
と思ってしまうことも、
子どもにとっては、実はとても難しいことなのかもしれません。
これが「こどもめせん」
子どもの目線に立つというのは、
ただ子どもの高さまでしゃがむことだけではありません。
その子の小さな手で。
その子の身体で。
その子が今まで経験してきたことの中で。
「この子には、どう見えているんだろう?」
と考えてみること。
家具の高さを少し変える。
物を置く場所を変える。
子どもの手で扱いやすいものを選ぶ。
子どもを変えなくても、
環境を少し変えるだけで、
「できない」が
「自分でできた!」
に変わることがあります。
これが、私の考える「こどもめせん」です。
Kodomomesenは、モンテッソーリ教育や保育の視点から、子どもの「できる」が育つ暮らしと空間を考えています。
子どもの目線に、美しさを。
ここが、Kodomomesenの原点です。



